昭和45年03月15日 特別奉修委員



 昨夜、お夢の中になんとも言えんありがたいもう微に入り細に渡って、色々御理解下さるお夢を頂きましてね。とてもありがたかったんです。それで今朝もそのことを神様にお願いさせてもらって思い出させて頂こうと、どうしても思い出さん。はあこれは美登利会の方達に、今日の報酬委員の方達にお話しさせて頂くだろうかと思って、今また一生懸命思いだそうと思うけれどけど、どうしても思い出さん。
 そしたら神様からね、寝ておる間でも有難い勿体無いと思うておれれると言う事がおかげと仰る。もうもうとにかくそりゃ夕べの御理解ばっかりは、もう本当にもうもうこのまままた明日、そん夢の中で思いよるとですよね。してお夢頂きよる事も分かりよるとですよ。これが明日の朝の御理解だなぁと思うて有難い有難い、どげんしても思い出さんとです。ただ今もうまた思い出して、皆さんに聞いて頂こうと思ったんですけれどね。どうしてもそのおかげ頂かない。
 ただははぁこう言う事だったかなと、私は思わせて頂いたんですけれども、船があるんですね。ね、今皆さんが乗っておると思うてごらんなさい。ね、すとバックの方がですね、後ろの方の背景が山、屋根やらずっと動いておる訳なんですよ。あれ映画なんかではあんなしてとるんだそうですね。汽車なんかじっとしといて、向こうのバックバーっとこうやるちゅうわけ、すと汽車が走ってる様に見えるんですね。
 そいで中に乗っておるもんなここうやって体ゆすったり、こうこうしよればいい訳ですたい。乗っとる積りですから。だからたとえば皆さんがね、ま乗っ取るつもりそ、そういう大体事だったの様に感じるんです。けれどもまだまだそれはもう本当にもう長々と微に入り細にわたっての、ま私はそれを頂きながら、ま有難い有難いと思ってね、思わして頂いてから、今朝目が覚めて、目が覚めたらころっと忘れてしもうた。
 今もそれで皆さんに聞いて頂こうと思うたけれど、それがあの全然おぼろげも思い出さない。けれどもそのほんとにあの寝てる間、寝とる間でもですよね、極楽に行っておるようなおかげを頂いておると言うことが有難いことじゃないか。もう夕べは気持ちの悪か、てんで地獄にいっとるごたあるお夢を頂いて、なんてん言うのでは、もうそれこそ寝ておる間でもお許し頂いておらんと言うこです。
 いま野口さんがお届けされるのに、そりゃ誰だって同じですよね。息子をやってて今度は又娘をやんなんならんでしょう。さあ宅祭りするわでしょう。御本部参拝あとに日にちは一緒になったちゅうごたあるふうで、もうあれを思い是を思いしたらもう晩眠られんと言う事はですね、結局その野口さんのいうならば、我が出てる訳なんだね。もうちっとでんよかごととやっぱ親心で思いますから、そこん所がですね。
 私は本当にもう本当に神様にお任せしきってのおかげ、もう悪うみられるというなら見られる事の方がおかげ、もうわざわざ良う見せようとしたり、見栄を作ったりすると言う様な事の中から、却って破綻がでけて来るかも分からん、と言うその我を抜いたね、所謂がはがでも和賀心のね、賀でいかせて貰う様なね、おかげを頂いたら安眠のおかげも頂かれるだろう。またそのお夢の中にでも、寝てる間でも神様が着々としてお働きをお勧めくださることができる状態がですね、あるだろう。
 もうあれを思いこれを思いして眠られないと言った時なんかは、やっぱそう意味で反省もさせてもらわななきゃいけんのじゃないでしょうかね。私はそういろいろ思うてみるとほんとに、いま熊谷さんのお届を聞きよったら、夕べまあ休んでおられて、なんか裏で大きな物音がしてから、もうそれが不気味なまでに感じたと言うわけなんですね。だから信心が落ち取るからでしょうかとていうてま、言われるけれど。
 例えばふんならその後はもうほんなそれはもうそれは束の間であって、すぐもうぐっすり今朝まで休んでおられるというとこですよね。だからその不気味な、そのことを感じたということは、ほんとに自分の信心がこんくれいじゃんね、と分かると同時にそれでも神様はね、いうなら安眠のおかげを下さっておると言うことでしょうね。ま、寝とる間も神様の働きを頂いておることですから、寝とる間にでも神様のおかげの頂ける状態でありたいと思うですね。
   どうぞ。